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肯定は愛で、それで世界は出来ています。

 

 誰が最初に言ったんだかよく分からないですけど、『世界は愛で出来ている』という言葉は本当で、まったくの真理だと思います。今日はその話です。

 

 僕は北海道の田舎で育ちました。町には病院と警察と焼肉屋くらいしか無く、ポケモンごっことパワプロばかりやって少年時代を過ごしました。ファッションが好きになった中学時代は、先輩のエアジョーダンを羨ましい目で見るばかりで、当時流行っていたGET ONという雑誌をパラパラ読んでは(欲しいけど売ってないしな)と悔しい思いをしていました。

 結構辛かった。欲しいけど、もちろん町にはおばさんの服しか売ってないし、通販はあまり信じられないし。届かねえんじゃねえかとか、きったねえのが届くんじゃねえかとか、いろいろ思ってはとどまり、雑誌のページを折り返すだけ。インターネットの使い方もあまり知らなくて。

 

 僕のお母さんはファッションが好きで、本当にたくさんの服を知っている人です。隣町の本屋さんに出かけて、雑誌を一冊買ってもらい、帰り道や帰った家のリビングで「せーの、これ!」と言いながら、かっこいい靴や服を指差す遊びを二人で延々していました。特に貧しい家ではなく、いたって普通の中流家庭。買うことができず苦虫を噛みながらそうした訳ではありません。

僕らはいつも違うスニーカーを指差して、「いや!これの方がかっこいいよ!」とか、『それも良いけど、こっちの方が好きだなあ』とかいうのをずーっと繰り返しました。あの頃はゴテゴテのハイカットのスニーカーばかりを指差したなぁ。お母さんはシンプルな靴をいつも差していた。

 

 僕が今持つファッションのセンスは、そこで作られたのだと実感します。あの頃のあの遊びが無ければ、きっと今、街ゆく人々のスニーカーを見て(あれはあそこのあのモデルだ)と気づくことはありません。僕のファッションの基礎はお母さんによって作り上げられました。

 

 お母さんは、僕がどんな格好をしようと、決して『それは違う』と言いませんでした。『その合わせはダサい』や、『着替えてきなさい』とは絶対に言いませんでした。いつも『まーたそんな格好して』とは言っていましたが、『好きなら良いけど』という言葉でいつも締めました。

 大人になった今、あの頃を思い出すと、すべてが愛だったのだと思います。息子のセンスがどんどん固まっていくのを感じて、きっと嬉しかったのだろうと。いつも否定せず、肯定ばかりを並べてくれ、僕の審美眼というか、ファッション哲学というか、そういうのがだんだん形成されていくのが楽しかったのだろうと。

 お母さんは極度のポジティブ人間です。全部まるっと包み込んでくれて、どんな悪いこと・嫌なことがあっても『こう考えれば大丈夫!』と毎度僕を慰めたり、たしなめたりしてくれました。困った末の行き先をいつも提示してくれました。

 

 ファッションの基本的な考えはもちろんですが、きっと、僕の今の「全部良い」という考えや、「誰の言動も美しくて尊い」という思考は、お母さんが作ってくれたものだと思っています。全部愛をもって肯定して、理解する。このクセは、お母さんから受け継ぎ形成されました。

 僕は両親も恋人も友達も、知り合いも、何なら知らない人も、全部肯定したい。愛したい。「あなたは間違ってないのだ」とすべてに対して投げかけたい。ひいては、自分のこともそうしてやりたい。お母さんが体現したように、きっと世界は愛で出来ていて、同じく、肯定によって出来ているのだと思います。