『お前のことなんか誰も見てないよ』に死ぬな。

 

 真昼のハンバーガーチェーン。男子高校生が二人向い合ってハンバーガーを食べていた。どうやら今日から夏休みが始まるようだ。たしかになるほど日焼けが凄い。真っ黒に焼け上がった腕の向こうに、炭火焼きを象徴している、火の上がった写真のポスターがあった。たしか"well burned"みたいなことが書いてあったと思う。少し笑えた。

 よろしくない趣味だとは思うが、僕はいつも、他のお客さんの話を盗み聞きしてしまう。「盗み聞き」は言葉が強すぎるか。それは、もちろん「聞き込んでやろう!」という自分発の能動的な動機じゃない。ふと何かが聞こえて、ふつふつと興味が湧き、そこからは「いかに無表情を保ちながらコーヒーをすするか」に次いで、話の理解を優先にする。

 

 この日は、二人のうち一人、どうやら最近ファッションに興味を持ち始めたらしい方の一言目が僕のスイッチだった。

スニーカー買ったんだよね~ 

 良いじゃん、スニーカー。自然な目線のやり方で見てみれば、ユーイングアスレチックスのスニーカーだった。ハイカットの、90年台らしさがドバドバな一足。結構値段がしたんじゃないか、高校生の財布は大丈夫だったのか、と要らん心配をしながら、その答えを待った。

 

 彼は、『18000円くらいしたんだよ ちょっと高かった』と言った。僕が着ていたのは、ディッキーズのハーフパンツ、二枚重ねのヘインズパックT、毛玉が出てきたユニクロの黒ソックス。スニーカーはオーリーの練習でボロボロになった安物。そいつが200円弱のアイスコーヒーをちびちび飲みながら聴いている訳だ。飲み物を含めても、何なら3日前の散髪代を含めても、読んで字のごとく、彼の足元にも及ばなかった。うっせえ。

 

 スニーカーを買ってご満悦、誇らしげにしている男の子。その向かいに座っていたのは、前々から少しファッションに興味があったような、きっと学校では「オシャレ」と言われていそうな男の子。アディダススーパースターの、アッパーが黒。3本ストライプは白。まあ、どっちにしても僕の全身よりも高価な靴だった。あーやだやだ。

 その彼が、友人が買ったと言うピカピカのスニーカーを見て、こう言った。

なんでそんな派手なの買うかな~。全然わかんない。そんなに皆、お前のことなんか見てないよ。だせえ。 

 

 人を殺す言葉というのがある。現に、この言葉が発された直後の両者の顔は、見られなかった。見られたもんじゃなかった、という方が正しいか。だってさ、最近買ったんだよ。彼は。カラフルでたしかにそんなに格好良くないかもしれないけどさ。高校生だからあんまりお金も無いでしょ。バイト何やってんだか知らないけどさ。そもそも俺なんか全然関係無いんだけど。でも、なんかさ。なんか悲しくなるでしょう。きっと自慢するくらいだから、めちゃめちゃ気に入ってたんでしょ。で、もう、言いたくて言いたくて仕方なかったんでしょ。

 この言葉の直後、カラフルなスニーカーの彼のファッションへのバイタリティーは、少なからず表情とともに消え行ったでしょう。あんなに誇らしい顔をしていた5分前の彼は、きっと死んでしまったでしょう。見てないから知らないけど。多分そのスニーカー、履かなくなっちゃうんだ。儚くも。上手いな。

 

 ファッションは自己満だ。安直すぎてこの言葉はあんまり好きじゃないけど、真理。自分が良いと思った物を、自分が良いと思った合わせで身に着ける。もちろんTPOの概念もあれ。「自身を表現する」という意味でのファッション。

 僕は、スーパースターを履いた彼が言った『お前のことなんか誰も見てないよ』も、数百歩、数千歩譲って考えれば、間違っていないと思う。「注意して見る人は限りなく少ない」という意味を伝えたかったのだろうと思う。たしかにそうかも。でも、限りなく少ないとは言え、ゼロではない。僕みたいな奴がいれば。見てるよ、俺。めっちゃ見てる。嬉しそうな顔に、リュックにくっ付けたニューエラの「LA」の文字まで見てるよ。黒いスーパースター履いて、靴下チャンピオンの白でしょ。見てるんだよ。結構キモいけど。

 

 自分が「良い」と思ったなら、全部良いんだ。そんなつまんない一言に付き合ってわざわざ死んでやるな。どっかに見てくれる人はいる。バスケットボールが好きだったおじさんに会えるかもしれないよ。ストリートファッションが好きな人が褒めてくれるかもしれない。良いだろ、好きなら。それで良いんです。全部良い。ユーイング、めちゃくちゃ良いじゃん。元気出そうな。これ、読んでくれないかな、彼。