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まるで2日目のカレーのようだ。

 

 今年の初夏は、東京のじめっとした暑さに耐え切れず地元へ帰った。もっともらしい理由をつけているが、実際は恋人に会いに行こうというふぬけた動機だけで。


 職場のみんなにお土産を買った。北海道といえば「白い恋人」で決まりだろうと思い、立派な缶に入った54枚入りを一つ。僕は大酒飲みであって、いや、中酒飲みくらいのもので、暇な休日の夜があればフラフラと居酒屋に行ってしまうような人間だから、常に財布には金が無い。だから、お土産としてたっくさんのお菓子やらキーホルダーやらを買って帰るような余裕は無かった。

 

 翌日職場に厳かな缶を抱えて行って、みなさんに手渡す。みんな『ありがとー』と言って受け取る。「どういたしまして~ 酒飲みすぎてお金が無かったから、少なくなっちゃったよ」なんて言って、それぞれに1枚ずつを配った。『もっと買ってこいよ~』と言う人もいたが、それでも喜んでくれたみたいで、一応良かった。

 

 その次の日。僕は何の気なしに仕事をしながら、朝に聴いた松任谷由実の「ひこうき雲」を頭の中でループしたりしていた。伸びた爪をちぎって遊んだり、30秒前に鳴らした指の関節がもう一回鳴らないかと指を不格好に曲げたり。とにかく暇を持て余した。さながら給料泥棒だ。

 そんなことを延々しているうちに、1人の女性が僕に走って寄ってきた。何だ何だ告白か、と思っていれば、彼女が口を開いてこう言った。

昨日はありがとう!美味しかったよ! 

 「お、おぉ… それは良かったです!」と口では言ったが、本当に心の底から嬉しかった。じわじわと効いてきて、ニヤニヤと口角の上昇を抑えきれなくなった。トイレに逃げ込んで、(めっちゃ良い…)と思いながら用もなく大便器に座っていた。この瞬間も給料は発生しているのだ、と思って立ち上がる。首をひねって、(いや、何だろ、すげえ嬉しい…)と思った。

 

 感謝の気持ちを表すこと。その瞬間に表れるのは当然のことで、もちろん物を貰えば瞬間は嬉しい。その嬉しさというか喜びというか、そういうのは一瞬の傾きであってそう長くは続かない。ましてやお菓子なんていうものなら当然だ。20秒あれば食べきれる。20秒間だけが嬉しい時間。

 それを、翌日にまで持ち込んで、感謝として発することができる彼女は素敵だ。昨日のことじゃん。別にその場で感謝すれば済むことじゃん。そこでパッと言ってしまえば。サクッと食べ終えて、包装を捨てて、終わり。それでいいじゃん。それで全部完了することなのに、わざわざ翌日になってまたも感謝を伝えてくる。本当に最高だと思う。

 

 大学の4年間は、焼肉屋でアルバイトをした。かなり意識の高い職場で、正直うんざりすることも多かった。『三浦!効率悪い!』と何度言われたことか。『5分前に来るの、何なの?みんな30分前には着いてるよ』と言われて訳がわからなかった。30分前の俺はまだシャワーを浴びながら鼻毛を切っていたよ、と。

 その職場で、口が酸っぱく耳にデカいタコが出来て治らないほど教えて頂いたことがあった。それは、『同僚や上司にご馳走してもらったら、次の日の出勤の朝、絶対に「昨日はありがとうございました」と言え』ということ。次の日が出勤でなければ、LINEでもいい。何でもいいから、とにかく「ありがとうございました」と言え、と。その瞬間は仕事が止まってもいいから、感謝は絶対に忘れないようにしろ、と教わった。

 

 人間なんて馬鹿なんだから、その時嬉しかったことなんか、日を追うごとに忘れてしまう。その日その日の事柄が頭を占めようと、昔の喜びとか嬉しさとかを追い出してしまう。全部を覚えて保てるほどクレバーには出来ていない。

 だから、最低覚えていられる一番小さい単位、「次の日の朝」には必ず伝えること。僕が尊敬する前のバイト先の店長の教え。それが、東京に来て実際に自分に降りかかってきた。俺は本当に嬉しかったんだよ。多分、俺にそれを言うために周りを見渡したんでしょ。『あ、いた!』ってなって、早く伝えたくて走ったんでしょ。暑いのに。最高だよ。

 それはまるっきり、2日目のカレーが旨いみたいなことで、もちろんその日のカレーも旨いんだけど、次の日の朝にトーストに乗っける旨味たっぷりのカレーって旨いんだよな。そういう感謝の伝え方もあるのだ、ということです。

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