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ジップのシルバーはいつも懐かしい。

 

https://www.instagram.com/p/BGN1dWAzKO2/

 黒い服に付けられたシルバーのジップが好きだ。きっとこれは、僕が浪人だった時代の「ヒロタカ」という奴が関係しているはずだ。

 その頃は、畳4枚も敷けないんじゃないかと思えるような狭い部屋に住んでいた。ベッドと机、4,5着の上着しか入らないクローゼット、90°以上腰を曲げないと水に顔が届かない洗面台と共に毎日を過ごした。起きて、顔を洗って、机に向かい勉強して。それだけがある部屋。テレビなんかもちろん無かった。

 シャワーは共有で、100円を入れればお湯が出るタイプのもの。トイレもたしか共有だったはずだ。電子レンジも、言わずもがな。ある日それが、黒い煙を吐いて故障した時には、(ああ、俺はこのままここで死ぬんだな)と思った。

 

 名は「学生会館」と銘打たれていたが、あれは「下宿」そのものだった。下宿と聞いてパッと想像できるような、ボロの部屋部屋。そのうちの一つに、ヒロタカが住んでいた。なぜ仲良くなれたかなんて今さら思い出せないが、気づけばいつも隣にいるような仲になった。

 彼は初期パンクが好きな青年だった。美容学校に通っていた。ダサい眼鏡。胸に「CASH FROM CHAOS」と書かれたTシャツを着ていたと思う。頭には細々とした毛束が幾つも並んでいて、スタッズが狭しと並ぶバングルをいつも腕に巻いて。『ピラミッドの形だから…』とか、『これはコニカルと言って…』とか、延々服の話をしていたのを思い出す。

 

 僕は服が好きな人であった。彼と打ち解けるに時間がさほどかからなかったのは、きっとそのせいだろう。ある日彼から『俺の部屋に遊びにおいでよ』と言われ、下宿のぬるい飯を二人並んで食った後、彼の部屋に行った。

 部屋はよっぽどパンクスらしく、汚かった。でかいダンボール箱にTシャツが何枚も詰め込まれていて、耳にピアスを付けたバンビや、口だか鼻に安全ピンをぶっ刺された女王が笑っているシャツなど、様々だった。チェックの細いパンツもあったと思う。Tシャツだけではなかった。後に『モヘアニットだよ』と教えられた、袖と毛足の長いニットが格好良かった。

 

 でかいダンボールの中に、黒の細いパンツがあった。所々に斜めのシルバージップが施されている、これもまた細いパンツ。「これは?」と聞くと、『ジップパンツ』と一言。「そのままなんだね」と続けて、実際に触った。薄暗くて小汚い部屋の中に、テレビの明かりを反射したジップのシルバーが光る。格好良かった。いいな、と思った。なんなら欲しかった。

 

それから色々とパンクの服装についての情報を叩き込まれ、円の中に「A」が書かれたマークを「アナーキーマーク」と呼ぶことや、シドヴィシャスよりもジョニーロットンが好きなこと、パンクの後にはニューウェーブというジャンルが出てきたことなど、何やらたくさん教えてもらった。全部今でも覚えているし、なんなら僕も、我が物顔で他の友達に話したくらいだ。

 

 あの頃は、互いに見えない未来に向かってのろのろ進んでいた。彼は美容師免許。僕は大学合格。「将来のことなんかわかんねえよな」と、パンク思考に浸りつつあった僕は、彼に幾度もぶつけた。さながらノーフューチャーだった。模試で良い点が取れようと、練習でどこまで上手に髪を巻けようと、将来はいつまでも確約されなかった。真っ暗闇で一生懸命じたばたしているような。

 そこそこ立派な社会に放り出された今、あの頃の汗まみれの記憶を蘇らせてみる。薄暗い部屋でコーラを飲みながらベラベラ話したあの日。甲本ヒロト『真っ暗闇は最高だよ 何も見えないということは、何かがあるかもしれないってことじゃないか』みたいな名言だけに支えられていたあの日々。

 ジップパンツが反射する、濁っていて美しいドブネズミみたいな光。まるっきりベイカントな日々。電子レンジが放つアナーキーな悪臭。とっ散らかった部屋はまさにカオスそのもの。

 あの頃僕らが未確定の将来を映した、錆びがちで淀んだ光を、黒に浮き立つジップのシルバーがいちいち思い出させる。初心に帰され、パンクを聴きたくなる。ジップにあの頃の丸裸の心を思い出しては、鏡の前、髪を逆立ててしまう。あいつ、今何してんのかなあ。元気かなあ。