変わらぬ泣き虫も中学生から。


 父が髭を剃る姿を見るのが好きだった。芝刈り機を実際に見たことは無いけれど、きっとああ鳴るのだろうと思う。洗面台にヴィーーンジャリジャリジャリ…と長々響くあのなんとも言えない音を聞いてニヤニヤするのが、中学生の頃の僕の毎朝の日課だった。ちょうど親を疎ましく思い始めていた頃に、父のそれと母からの『部屋片付けなさいよ!』の声ばかりを耳にして育った。

 今日の朝早く、父から荷物が届いた。段ボールを一周するガムテープをハサミで切りながらその封を開くと、ポータブルのDVDプレイヤーが入っていた。それと、僕が好きな板チョコが2枚と、カップ焼きそばが1つ。さすがは僕の父といったところで、僕が好きなものを全部知っている。「深夜食堂」のコンビニ版も2冊詰められていたのには、なかなか感動した。

 DVDプレイヤーにまとわれたプチプチを剥がして、雑巾を絞る形でブチブチブチと潰した。これは中学生の頃から「ズル」と呼んできたやつだ。一つ一つ潰していてはきっと、日が暮れてカラスが鳴き出してしまう。まあ、そんなことはないんだけど。

 結局、DVDプレイヤーに手をかけるまでは20分ほどプチプチで遊んでいた。僕はどうしようもない男だ。「童心を忘れない」と言えば聞こえは良いが、「ピーターパンシンドローム」と言えばまさにそんな感じ。物は言いようだと思う。

 DVDをセットする部分のフタが、カチッと押したボタン1つで開く。その中に、『父より』と汚い字で書かれた1枚の小さな封筒を見つける。何となく、オチは分かってしまった。その時点で僕の目頭はじわじわと熱さを帯びてくる。

 その封を開ければ、丁寧に折り込まれた1万円札が1枚。彼はズルいよ。こんなギミックを盛り込むなんて。僕は朝一番に涙を流した。とても綺麗な涙だったと思う。(なんだよ、こんなことしやがって)と思いながら、下を向いて生温かい水滴をいくつか落とした。ありがたかった。

 涙を拭いて、顔を洗おうと思った。蛇口をひねってお湯が出るまでの数十秒、その間に出てくる水を顔に打ち付ける。涙の跡が残らないように、目元はしっかりと擦る。目が腫れてはいけないと思いながら、寝起きのむくみがちな目と眉をきっとリンパの方に向けてぐいと押す。

 そうだ、髭を剃ろう。父から受け継いだ濃過ぎるまでの髭を、剃り落とそうと思った。あいにくカミソリは持ち合わせておらず、やはりここでも父が効いてくる。上京直前に電動髭剃りをプレゼントしてくれたのは、彼だった。スイッチを押す。ヴィーンとうるさく刃が振動する。またしても、その瞬間だけ中学生に戻った僕が鏡を前に涙を流す。とても素敵な朝だった。お父さん、ありがとう。

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