『邪魔にならない存在』について。

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 『邪魔にならない』という言葉のやさしさを知りました。恋人と付き合った当初、僕は(この女の人は僕の何が好きで付き合っているんだろう)という恋愛初期にありがちな素っ裸の疑問を持ちながらも、それをはっきりと質問の形を以って言葉にするのが気恥ずかしく思っていた。

 のぼせた恋の疑問は次第に心内でウヤムヤモヤモヤ膨れ上がり、起き抜けのぼやけた目を擦りながらさっさと聞いてしまおうと思った。どうせテキトーな返事でも良い。いっそ嘘でも良い。何らかの返答の形式を保った言葉が欲しかったのだろうと思います。今こうして文字として言葉に起こしているのもかなり恥ずかしいんだけど。

 彼女はぎりぎり二重を保っている瞼を人差し指でごしごし擦りながら『うーん 邪魔にならないからかな』と言いました。当初は何を言っているのか全く理解できなかった。(それは友達でもいいんじゃ…?)と中途半端な嫉妬みたいな気分を帯びた感情を持ったのを覚えている。きっと嫉妬なんかではないんだけど。

 一見ネガティヴなものに思えるその言葉を吟味しているうちに、『空気の様な存在』という言葉を思い起こしました。普段は全く気にも留めないんだけど、無くては息絶えてしまう。もちろんこれは自惚れではなく、勘ぐり程度に思い起こした都合の良い言葉。恋人が僕をこう思っていたら良いなあと自分勝手に想起した、自分本位で調子の良い決めつけ。


 東京に住み始めて8日が経ちました。孤独の4日間を過ごすうちに同居人が入居してきて、そのうち高校の頃の同級生が2人で遊びに来たりなんかして、人と関わる機会が次第に増えてきた。

 そのコミュニケーションの中では、ずっと笑っていることはできないし、関わる中で真顔の時間も勿論あるのだけど、それも別に苦しい時間ではなくて、無言の時間すらなんだか居心地が良い。ニンテンドー64のテニスゲームに2人が集中している最中、じっくり本を読んでいたって全く問題無い。

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 そういう関係性を俯瞰して遠くから眺めるうちに、恋人が口にした『邪魔にならない存在』の意味がなんとなく分かってきた様な気がしました。干渉し過ぎることもなく、かと言って無関心過ぎることもなく。気にはなるけど、気にしなくとも特に大きな気まずさやゆくゆくの軋轢が生ずる訳でもなく。そういう関係を『邪魔にならない』と表現すべきなのだと感じました。空気みたいに見えなくて、1つそれとは違う点を言ってしまえば、「無くてはならない」という大袈裟なものではないのだけど、そういう存在。ありがたいものだと思います。

 同居をするにあたって、様々な人から『絶対喧嘩するでしょ』と当たり前の様に言われてきた。たしかにまだ8日間しか経過していない今だからかもしれないけれど、そんなことは無いんじゃないかなぁと思えます。休日になればふらふら近所を散歩したり、その辺のたい焼き屋さんで粒あんのたい焼きを買ったり、そういうだらっとしたぬるくてゆるい時間を共有できて、行く先に喧嘩なんてあり得るはずが無いと思います。

 邪魔だと思ってしまう未来を想像することすらできない。それは、友人や同居人をひっくるめた彼らも、すごく大切な恋人も同じ。僕はつくづく、良い人々に恵まれました。