現状維持はいっそ後退だなんて言うなよ。

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 甘いものを食べるのが好きだ。父が毎食事の前に腹に注射を刺しているのを見ながら過ごしてきた中学までの実家での生活も、確かに辛辣ではあったとは少し思うが、別に問題は無いと思っていた。彼が遺伝として母から譲り受けた糖尿病を、身近には見ていたが別にどうってことなかった。ただ、実家のパソコンの横に立てかけられた「糖尿病を知る」みたいなヨレヨレの本を見た時には、さすがにちょっと涙が出た。

 ガレージで二人してタバコをふかしながら話す。彼女とはどうだ、大学生活は面白いか、札幌は雪が多いか、全部くだらなくて、全部尊い。「バイクばっか乗ってんだな」と笑う僕から、少し恥ずかしそうな顔で目をそらした父。下向きがちにニヤニヤしたその視線の先には、何かの部品とネジが転がっている。幸せなんだなこの人は、と思った。汚れた右手に貼られた絆創膏も、テキトーにぶん投げられたライダースジャケットも、鮮やかすぎるほどハッキリと黄色で、かつピカピカに磨き上げられたバイクも、全部彼が幸せに生活しているということを証明した。自分にもこういうものが欲しいと思った。

 糖尿病がなんだとか、そんなのは全然関係ない。そんなものを案じているような様子は一切無くて、幸せにだけ視点を合わせ生きているんだろうと思った。それでいいだろうと思う。たとえば甘いものを食べているときは盲目に幸福だ。盲目も悪くない。幸せに浸って生きることで、盲目になってしまうのならそれはそれでいいんじゃないか。結局チョコレートビスケットはうまいんだし。幸せだ。

 何が言いたいのかよくわからない形になってしまったけど、要は僕のお父さんは最高で、彼女とはまあまあ上手くいっていて、大学生活はいつも通りで、札幌のバカ雪もいつも通りで、僕の文章も変わらずくだらなくて。そういうことです。お父さん、いつもありがとう。