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僕はいつでも幸せな人間です。

 

 今日は寒かった。大学のデジタル温度計には「2.9℃」と書かれていて、コートの中にスウェットパーカを一枚挟めていて良かったと思った。通り過ぎる学生はみんなコートを羽織っていて、僕もそのうちの一人だった。紺のステンカラーコートの襟を立てて首筋が冷えるのを防いだけれど、穿いていたのは春夏のために買ったクロップドパンツ。半端な自分の性格がもろに出てしまっていた。苦しまぎれに腰まで落としては、コートの膝まである丈にかまけた。

 講義はたった1つで終わり、喫煙所で待つ友達のところへ向かう。やはり寒かったのか建物の中に彼がいた。デニムのジャケットは、首元がコーデュロイの切り替えになっていて秋らしい一着だった。変わらず足元にはえんじ色のスケートシューズ。頭を見ればツイストパーマ。彼のアルバイトはこの髪型で大丈夫なのかと少し疑った。のんびりな彼とたらたら歩いて、2人で「今日はスロットを打ってみようぜ」と企てた。結果はプラスマイナスゼロよりちょっと多いくらいで、どこか僕ららしいなぁと思った。

 

 お腹が空いて、僕らはあのうるさい場所をそそくさと離れた。暗くなった道を震えながら歩いて、近くの商業施設に入った。目当てのスープカレーのお店が見えて、「ココナッツスープ」の文字にウキウキした。メニューを見る。「ハンバーグto野菜のカレー」と書かれているのを見て、彼が言った。

「ハンバーグ・トゥ・野菜のカレー」 なのかな。

 僕は彼のこういうところが本当に好きだ。お店の人が格好付けて「to」にしたのを分かっていながら、その内側の二重目として皮肉を言うようなところ。ニコニコしながら僕は「角煮のカレー」を注文した。「角煮NOカレー」だったらどうだっただろうか。カレーが無いのだろうか。幸い到着した「角煮のカレー」にはちゃんとココナッツスープのカレーが入っていた。とても美味しいカレーだった。角煮もしっとりほろほろしていてすごく美味しかった。

 互いにお腹が膨れて満足したのち、彼は17:00からのアルバイトへと向かった。『トイレに寄ってから行くわ~』と言った彼の語尾はいつも通り間延びし、風呂上がりのおっさんみたいだ。後ろ姿から出るのんびり感はさながら腰の曲がったおじいさんのようで、本当に22歳なのかと疑問に思ってしまうほどだった。やっぱり彼は良い。

 

 彼と別れた後、一人で暇になってしまいコーヒー屋に寄った。バッグの中に入っていた雑誌を少し読んで、ダウンジャケットが欲しくなった。深煎りのコーヒーの強い苦味のおかげで、早起きで時間さえあればウトウトしていたような気分が吹き飛んだ。さっきまでは、この気分を吹き飛ばしてくれるのがビュンビュンと鳴っていた強くて冷たい風だったんだけど。

 家に着いて、一瞬で眠気が来た。コーヒーの目覚まし効果?はその瞬間、一時のものだったんだろう。僕はいつでも眠たい人だ。こうなったら起きているために部屋を寒くする目的で、夏に使っていた扇風機のコンセントでも入れてやろうかと思うほど。それほど寝坊助。

 気づいた時には夜になっていた。ハッとしてベッドから起き上がり、まずは外の暗さからAM4:00を想起する。そこまでは寝ていないだろうと思い、充電していたiPhoneに手を伸ばす。ロックボタンを押して、時刻を確認した。22:00。そんなもんかとホッとしたが、よくよく考えれば華金の2時間を棒に振るったわけだ。最近はお酒を飲み過ぎていたから、ちょうどいいと言えばちょうどいいのかもしれないけれど。

 やっぱり寒い。冬の布団ほど包容力のある物は他に無いと思う。例のごとくベッドから出られず、15分が経った。もういい加減起き上がらないとと思いながら、まさに泥のように布団から這い出た。小学生の頃遊んでいた「スライム」みたいだったとも思う。でろんと。

 持ち前の腰痛と持ち前の眠気のせいで、何をする気にもならない。洗面所に立てばむくんだ顔が鏡を占めている。二重まぶたは一重に変わり、目つきはよっぽど殺人鬼のそれだった。パーマの取れかかった髪は爆発していて、「殺人鬼」に掛けるわけではないが、鬼のようだ。「風呂に入ろう」と独り言を言って、バスタオルを肩に掛けた。

 ふと朝のデジタル温度計を思い出す。今日は物凄く寒かった。日頃シャワーでぱっと済ます入浴も、いや、入浴とは言えない。シャワー浴びも、どうせ結局寒いからちょっと気分が乗らなかった。昼に飲んだコーヒーのカフェイン効果の短さみたいに、シャワーが身体を温めてくれるのはほんの一瞬だ。お風呂の戸を開ければたちまち身体が冷えきってしまう。普段から独り言の多い僕は、ここでも少し大きめの声で「そうだ、風呂を貯めよう」と口にした。

 いつも浴槽を使わない人間の家のお風呂はたいがいにして汚いものだ。ましてや僕のような怠惰な人間ならば、程度はぐっと上がる。僕の家のお風呂はきったない。まる1年使わなかった浴槽にはホコリみたいなのがこれでもかという程くっついていて、そのままお湯を貯めるのなんか絶対に考えられないくらいになっていた。掃除を怠る癖のある僕は、唯一の「温まる」という目標に背中を押されてブラシを手に取る。案外簡単にその汚れは落ちてくれたから良かった。

 ブラシのシャキシャキと鳴る音が、僕を何となくウキウキさせてしまった。久々の自宅での「入浴」がとてつもなく楽しみになった。「温まる」という目的が退かせられ、それに対応した手段であるべき「入浴」が目的になってしまう。入浴するためだけ。それにちょろっと付随する、身体の芯までの温まり。気づけばお風呂に入ることが心から楽しみになっていた。

 江國香織さんのエッセイを準備した。風呂でゆっくり読もうと思って。入浴が楽しみ過ぎて、「どぼどぼどぼ」とうるさく鳴っている音を背景に、好きな人に電話を掛けたりもした。全裸でiPhoneを耳にくっ付けてクネクネしている様は本当に気持ちが悪かったと思う。器量の大きな人であって良かった。だらしない僕をなんとかしてくれるしっかり者の彼女。

 

 いよいよ浴槽が満タンになって、電話をぶっきらぼうに切った。それほど楽しみだったんだ。ヒゲがまとわりついた口角が限りなく上がる。頭からお湯を被って、足先手先がぴりぴりとしたのを確認したのち、全身をお湯に突っ込んだ。温度は実家のお風呂と同じ、44℃。「あちぃあちぃ」と言っている時も、最初と同じように口角は上がったままだ。肩まで浸かるには急すぎて、最初は浴槽内を立ち膝。エッセイの一部を読み込んで、下半身がお湯の温度に慣れた頃を狙ってざぶんと肩まで浸かる。高い位置に保たれたままの口角に届きそうなほど、目尻がぐんぐん下がっていく。きもちいい。顔面の筋肉がフルに活用されて、その直後すぐにほどけた。本当にきもちいい。天国がもしもあるなら、きっとこういうところなんだろう。

 プラスチック製のイスは浴槽から流れたお湯を帯びていて、ちょっと冷えたくらいだった。温まったお尻にとっては若干冷たくて、シャワーで44℃をまんべんなく掛けた。座る。心地良い。そのまま髪の毛に熱いほどのお湯をかけ、ゆるくなってしまったパーマが戻ってくる。毛先の曲がった髪型が自適に遊んでいる。2,3回シャンプーボトルのヘッドを押して、手のひらでちょっと泡立ててから髪の毛になじませる。実家のお風呂と同じ温度のお湯のせいもあってか、懐かしく髪の毛をウルトラマンの頭みたいにした。お父さんはあの頃から髪が少し薄くなっていたっけ。懐かしい。

 髪の毛が良い匂いになって、その後に全身をくまなく洗い上げる。棒きれみたいに細長い腕、すね毛の茂った脚、ビールのせいで膨らんでしまったお腹。プライベートゾーンのことはここではいいや。言葉を選んで「プライベートゾーン」とは書いたものの、こんな言葉は普段から使わない。すごい言葉だと改めて思う。まあ、いい。全部を泡だらけにして、勢いの強いお湯でその泡たちをつるっと落としていく。またも良い匂いが広がった。

 洗いの最後は顔。本当なら髪を最後に洗うべきだそうだ。頭皮に溜まった油脂が身体や顔を洗っている間に浮き出ることで、毛穴の隅まで洗うことができるそうで。僕がそんなのを気にする人であればきっと、あんなにまで風呂が汚くはなっていなかっただろう。そんなのを気にも留めず、ふわふわの洗顔料を顔面に塗ったくった。頬からアゴにかけてのヒゲがそれを邪魔して、そこだけ泡が弾けていたのは滑稽だった。

 ヒゲがたくさん生える僕にとって、ヒゲ剃りというのはとても大切な行事だ。何日周期で剃ろうかをいつも考える。本当なら毎日でも剃りたいものだが、肌ストレスを考えればそれもちょっと困る。『ヒゲ剃れや』とぶつぶつ言っていた彼女の気持ちもわかるのだが。シェーバーはいつも五枚刃で、ジェルは水分多めの物を。細かい部分はシェーバーの首の後ろに付いた一枚刃でシャッシャと剃っていく。ヒゲが濃いのは困りものだが、一日ないし二日おきのこの作業は嫌いではない。むしろ結構好きだ。肌を傷めないように注意しながら、丁寧に剃っていく。みるみる無くなっていくヒゲの跡形を見て、ここでもやはりニヤニヤと口角を上げてしまう。まあ、ヒゲを剃る時ために口角を上げているのもあるんだけど。

 全身がキレイになって、また浴槽へ入る。真四角で不便な浴槽だけど、それが気にもならないくらいやっぱりお風呂に浸かるのは気持ち良い。週末らしくここ一週間あった楽しかったことを頭に浮かべながら、身体や頭を洗っている間に少し温度の下がったお湯に気分をふわっとさせる。全身の力を抜いて、ひたすらにぼーっとする。身体に「芯」があるかはわからないけど、きっとあるんだろうと思う。そこまでじんわり温度が届いて、エッセイの本にシワが目立った頃、滴るお湯と一緒に浴槽を後にした。

 浴槽を背中にして、バスタオルを手に取り、身体中を丁寧に拭き上げる。夏の頃のスケートボードのせいで出来てしまった擦り傷痕が今でもドス黒いピンクのままだ。傷の治りが遅くなったのも、多分大人になったことの一つの表れなのだと感じる。

 

 「雨はコーラが飲めない」のエッセイ本と同じくらい、風呂上がりの手のひらはシワシワになっていた。おばあちゃんの家に行った時に、この様子の手を幾度と無く見た。自慢の畑を手入れした後の彼女の手はいつも茶色でこういうシワにまみれていた。懐かしさにまかせて、その手で剃りたてのヒゲの跡を手でなぞってみた。つるつるすべすべ気持ち良くて、おおよそ女の子のほっぺたのようだ。

 

 お風呂は最高に気持ち良い。普段の「シャワー浴び」とはまた違った楽しさがあって、この点やはり冬も面白いのかもしれないと思った。いろんな景色、その色がどんどん変わっていく今だからこそ、その変化に対応した行動をもって楽しめる自分でありたいと思う。「2.9℃」の表示にたじろぐことなく、それすら包括してまるっと抱えきれる自分でありたいなぁと思う。冬も夏と同じように楽しいのかもしれない。これからの生活が少し楽しみになった。