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冬も意外と面白いかもな。

 

 11月の北海道札幌は寒い。女の子は例年通りムートンブーツを履き出した。チェスターコートにタートルネックのニットの合わせが、今年もちらほら見える。手袋をはめている人はまだ見当たらないが、マフラーを巻いた人なら何人か見かけた。ペットボトルのキャップは総じてオレンジ色で、ホット専用。コーラを飲んで足を震わせているのは僕だけか。

 マスクのせいで眼鏡を曇らせてしまっているおじさんが、しきりに恥ずかしそうな顔をする。コンビニのやる気の無い店員が灰皿の前でぶるぶるしながら、きっと休憩なんだろう。白けた顔でタバコに火を点けた。ヒーターの音がうるさい車内からそれをずっと見ていると、ふと目が合って気まずい。カーステレオをイジるフリをして、彼から目線を外そうとした。「よし」の口パクをした直後に顔を上げると、まだ彼は僕を見ていた。恥ずかしくて、さっき買ったホットのカフェオレを一気に飲んでエンジンをかける。

 

 温泉に行くための理由もたった一つで、「寒い」に限る。一人暮らしのお風呂はといえばシャワーばかりで、しっかり芯まで身体が温まるなんてほとんど無い。足の付け根にお湯を掛ければ全身がくまなく温まるという話を何かで聞いたことがあった。あれから毎日そうしているが、特に代わり映えもなく毎日クシャミが絶えない。だから、久々に湯船に浸かってみようと温泉に出かけた。

 みんな同じ人間なのだと思った。混みに混んでいる。寒い日にはやはり温かいお湯に浸かりたいのだろう。やっとの思いで駐車できたかと思えば、気づいた時には入り口から程遠いところに居た。さみいさみいと独り言を言いながら入り口に入ると、ヤンキーみたいな集団が靴箱の100円をケチっていた。背の高い靴ロッカーの上にクロックスのサンダルを置いて、ガハハと大きな声で笑いながら暖簾をくぐって行く彼ら。僕も友達と一緒に来れば良かったよ。独り言も少なくて済んだだろうな。

 ベースボールキャップとコーチジャケットを脱いで、Tシャツとスキニーパンツだけの格好になった。3ヶ月くらい前にはいつもこんな格好で過ごしていたっけ。無地のTシャツの胸ポケットにスマートフォンを突っ込んで、いつもだらしない格好でだらだらしていたなぁと夏を思い出した。思い出したら、なんだか悲しくなった。細長い腕がいつもに増してひ弱そうだった。

 さっきまで首元のボアがモコモコなジャケットを着ていたヤンキーも、今は丸裸だ。生まれたままの姿で、シャワーを友達と掛け合い遊んでいる。その飛沫が僕に飛んできて、なるべく無表情を保とうと顔を固めた。内側に怒りを秘めた僕も今は丸裸だ。

 なんてくだらないんだとふつふつ思っていたら、口に洗顔料が入って苦い。うかつにニヤニヤなんかするもんじゃない。裸でニヤニヤしている人は物凄く怪しいし、ましてや洗顔のせいで真っ白の顔だ。パーマヘアに真っ白な顔。バットマンに出てくるジョーカーみたいだ。髪は緑じゃないけど。ハロウィンは終わったはずで、10/31には友達が言っていたように『家でニートのコスプレ』をしたのに。

 身体を洗い終わって浴槽に浸かれば、おじいさんが仏様みたいな顔で禿頭に手ぬぐいを乗せていた。もしくは本当にお地蔵様なんじゃないかと思ったほどだ、嘘だ。僕も彼の真似をして、頭に白いタオルを乗せてみた。露天風呂と室内浴槽とを隔てる窓に映った自分を見て、絶望した。こんなに似合わないもんがあるのか、と。高校の頃に友達に『ダビデ像みたいだな』と言われたのが正論だったと再確認した。テルマエ・ロマエみたいだった。

 露天風呂に出ると、スポーツニュースを見ているお兄さんたちがずっと野球の話をしていた。聞き耳を立てていた訳ではない。聞こえてしまったのだ。長い間、聞こえてしまっていたのだ。『大谷ってめんこい顔してるよな』と。そういう方々について、偏見は一切無い。色々様々愛の形はあって当然で、人を好きだと思える気持ちは美しい。別にいいと思う。別に特別な理由は無いが、彼らから少し離れたジェットバスに浸かった。別に特別な理由は無いが。

 全ての浴槽を楽しみ、つい50分前までの外の寒さをすっかり忘れられたくらいになって、僕は帰ることにした。重たい引き戸を滑らせて、腕に巻いたロッカーキーに書かれている数字を探す。まあ、覚えてるんだけど。ふと、隣で子供の身体を熱心に拭いているお父さんを見て、僕もこうだったのかぁと懐かしくなった。同時に、自分ももう少し経てばこうして「拭く側」になるのかもなぁと思った。過去と未来が連続して頭に浮かんできて、変な気分になった。ちょっと怖いなぁと思った。

 

 寒さもこれに関しては悪くない。あのうだうだと暑い日々とはまた違った景色が広がっていること。人や物の動きが変わって、自分のモノの見方で楽しめる。夏がとにかくひたすらに好きだったけれど、きっとそれは、暑さのおかげで普段とは違う光景や色んな物の特徴みたいなものが炙り出されていたからなのだろう。きっとそうだ。

 セミのしつこくうるさい鳴き声も、北海道の無い日本地図みたいな汗ジミも、真っ赤なシロップが掛かったかき氷の美味しさ、犬の口からだらしなくぶら下がって揺れる舌、向こうまで跳んで行ってしまったサッカーボールを追いかける子供。全部そういうことだったのだろう。

 こう思えたらきっと、近く降りだすだろう雪や雹も楽しめそうな気がする。季節だけではない。目が悪くなった時には、きっと眼鏡を楽しめると思う。足が悪くなれば、ゆっくりな散歩を楽しむことができそうだ。禿げてしまえばカツラを楽しんだらいい。自分に降り注ぐ様々なネガティブらしい事々も、視点みたいなものが変わったというただ一点において考えることができれば、なんとなく楽しめるんじゃないかと思う。話が膨張しすぎているかもしれないが、心からそう思う。ただ、風邪。お前はダメだ。早急にどっか行ってくれ。