服なんて結局は手段だ。目的じゃない。

 

 バイト先の店長と一緒に、格好の良いバーにお邪魔した。そこを一人で経営しているバーのお兄さんから多くの面白い話を聴いて、「一人でバーに行く」なんていうキザなカッコイイことはあまりしたくないけれど、これから先どこかで一人お邪魔するのも良いかなぁと思った。そのうちの一つをここで紹介しようと思う。 

 

 『のぞむ君って、服好きなんでしょ』と言いながら、僕の真っ黒のコーチジャケットをシャリシャリ触った彼。なぜ僕の名前を知っているのかと少し疑問に思ったが、きっとバイトの店長が教えたんだろう。そこにはあえて触れず、「大好きです」と答えた。彼は目が無くなるまでそれを細めて、『やっぱりね』と言った。こんなに格好良い受け答えがあったものかと感動した。

 『僕も昔は服が好きだったんだよな』と、プロジェクターに映るヒップホップのアーティストを眺めながら彼が言った。誰なのかは全然知らなかったけど、いいなと思った。パイレーツのニューエラを被った外国人が画面の中、ターンテーブルを前にゆらゆら揺れている。それをヒントに「ストリートっぽい格好をしていたんですか?」と尋ねると、『いや、音楽はそうだけどね 服装はもっぱらモードだったな』と返答した。足元を見ればなるほど、黒のブーツが光っている。見逃していた。「ギャルソンですよね」と察したフリをして、『ヨウジだけどね』とチクリ。テキトーなことは言うもんじゃない。

 『今のショップ店員はさ、』と続ける彼は、たしかさっき他のお客さんと一緒にテキーラを飲んでいた。話のトピックが転々とするコミュニケーションも割と嫌いではない。『服だけなんだよな 格好良いのは』と。たしかにショップ店員の服装は格好良い。そのブランドのアイテムで身を包み、バリッと決まっている。ショップ店員の友達が少ない僕は、「ほう」と言うことしかできなかった。『僕は、服だけが格好良いなんていうのはハリボテみたいなもんだと思ってるんだよ』と、語気が少し強くなった。

 『服だけが格好良くたって仕方ないじゃん 服を着るのは唯一、生活するためなんだから』の一言に、僕は色々と思考を巡らせた。(きっとこの人は、『ライフスタイルもあっての服だ』という話をしたいのだろう)と思った。まさにだった。

 

和食を食べに行く時にさ、和装で行ける気持ちが大切なんだと思うんだよ。イタリアンのお店にはダブルのテーラードを着てみたりとか。そういうのを「ファッション」と呼ぶんだと思う。 

 

 次の日の予定がダメになった理由がわかった。この時の頷きが強く多すぎたせいだ。心の底から賛同して、「へっへへ 僕もそう思う」と言った。軽く思われていたら嫌だ。本当に、今まで僕が思ってきた”ファッションについて”を全て肯定してくれたように思えた。

 

 その日のファッションを決定する際には、その日が自分にとってどんな日なのかを考える。例えばそれが、好きな女の子に告白しようと決めていた日だったら。実家に久しぶりに帰る日だったら。大学で自分の学んでいることをプレゼンテーションする日だったら。ここではあえてふわっとした例を挙げた。かえって、それが例えば、長く付き合った彼女にプロポーズをする日だったら。きっと白いシャツを着て、普段の格好よりもう少しだけちゃんとした格好をすることだろう。ジャケットなんかを着たり。花束を一つ手に持ち、ポケットには指輪を忍ばせて。

 その日の用事にピッタリとフィットしているであろう格好をすること。それが、彼にとっての「和食を食べる際の和装」であって、僕にとっての「告白の日に着る白シャツ」であって。結局は、服装なんかライフスタイルの中の一部でしかないということだ。様々なファッション誌が昨今、ライフスタイルに特化しつつあるのがきっとそういうことなのだろうと思う。Houyhnhnm Unpluggedの「アウトドア特集」がまさにそれだ。ファッションは目的ではなく、手段なのだ。それを身に付けて何をするか、なのだ。

 

 彼も、今のショップ店員を単純に批判しながら、ひとまとめに嫌っているだけなのではないと思う。格好良いファッションをするのなら、格好良いライフスタイルに身を置いてほしい。首尾貫徹のような、方針に沿った形で生活をしてほしい。ひっくり返せば、自分もそうしていきたい。言ってしまえばこれは、彼による「宣言」だったのだろう。草野球を観に行く時にはコーチジャケットを着て、頭にはベースボールキャップ。山登りをする時のマウンテンジャケットのような。偏見や頭でっかちの考えになりかねないところもあるが、言い換えればそれは「こだわり」だ。良いことだ。多分。

 彼に出会えて、彼の話を聴くことができて良かった。お酒が好きな自分で本当に良かった。いい時間だった。またお邪魔して、ビールとゆるいヒップホップにゆらゆらしようと思う。

 次の日の予定がぶっ壊れて、バーに行った日と全く同じ格好で、寝癖もそのままにして、友達に謝罪の電話をかけた。なかなか怒られた。ラーメンをご馳走することで許してくれるみたいだ。また一つだらしない自分になった。ごめんなさい。楽しかったです。