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「夏イズオーバー」としたいけど、恥ずかしいな。

https://instagram.com/p/77CU-NzKFx/

 つい最近まで元気に上を向いていたヒマワリが、サイクリングロードの端でしょんぼり下を向いているのを見て、「出会いがあれば、別れもある」だとか、「さよならだけが人生だ」だとか、「幸福には多少の犠牲が含まれる」みたいな言葉を思った。要はエモい気分になった。夏が死んだ。シャツを一枚羽織ることに何のためらいも無くなった。ネットオークションではスエードのスニーカーを探す。コンビニの100円コーヒーはいつもホットを選ぶ。焼肉屋を出た彼や彼女が、夜の寒さに小さく震える。

 いつまでも夏にしがみついてもいられないのはわかっているけれど、話を合わせてテキトーに秋を受け入れたみたいな態度は取ったけれど、やっぱり夏が好きで、秋は寂しいものだと思う。嫌いな訳ではない。このまま行き着く先はきっとピーターパン・シンドロームみたいな、「俺はいつまでも夏に生きているんだ」なんていう幻想だろう。それは嫌だ。でも、やっぱ、夏面白かったよなぁ。

 

 秋のさみしさを的確に表現している文章に出会った。僕はこの方の文章が心から好きだ。

 思いを上手く言葉にできる人が、僕はとにかく好きだ。もしくは、この人なら僕の思いをぴったりな表現で言葉にしてくれる、というような人が好きだ。きっとそれは尊敬に近いもので。それも、言葉だけではなく、写真・音楽のような「形」にできる人がうらやましくてしょうがない。iPhone4Sで撮ったしぼんだヒマワリの写真も、「夏が死んだ」という安直な言葉も、うるさい例の列挙も、全部彼らに影響されてのこと。彼らに少しでも近づきたくて、足りない脳を一生懸命回しては似たようなことをする。誰かにちょっとでも伝わればいいなと思いながら、サイクリングロードに立ち止まって猫背でiPhoneを覗きこむ。たまに辞書を見て、ああこの使い方で合ってたんだと確認する。例は4つくらいまで。

 夏は終わった。代わりに秋が始まった。これしか言いたいことは無い。句読点を含めば18文字で足りるそれらを、900文字にまでふくらませて、なおかつちゃんと伝わるように加工して吐き出す。これほど面白いことは無い。文章を書くのは本当に面白い。人と会って話すにはちょっと恥ずかしいことも、文章なら何とかなるのだ。多分。