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ファッションは生き方。

 

 ジーンズにうどんの出汁がこぼれて、ああやっちまったと思いながらもすすり続けて、家に帰ってから猛烈に後悔する。まだ夏だった頃には白いTシャツに何度コーヒーの染みを作ったことか。サイクリングロードをだらだら歩いている子どもの靴は総じて土で汚れていたし、一人暮らしの彼のTシャツの首にヘンテコな折り目を見つけた時には、ああこの人はちょっとだらしない人、もしくは詰めの甘い人なのだと思った。

 服装にはその人の生き様が表れる。『靴を見ればその人の人となりが分かる』なんていう言葉があるけれど、まさにその通りで。靴が汚れているのにそのまま履いている人。これ以上できないだろうと思えるほどピッカピカにして履いている人。カカトをぐっちゃり踏んで、地面にズサズサと引きずりながら歩く人。それぞれに何となく、ハッキリした答えではないにしても、人柄が出ているような気がする。

 趣味や嗜好もそうだ。僕は最近好き好んでスケートボードをするようになった。もうじき北海道には雪が降ってしまうから、それに負けないように今からもがいている感じだ。セミが一生懸命鳴いていたのとあまり変わらない。スケートボードで一生懸命ピョンピョン跳んでいるうちに、僕のスニーカーの横の部分に穴が開いた。

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 これも生活の表れとしてカウントされるべきことだと思う。スケートをしないとこんな穴は出来ないし、オーリー無しにはこんなだらしない姿にはなってしまわない。趣味や好きなことが、スニーカーにこうして穴として出てきた。もちろん悲しくはあったけれど、何となく嬉しい気持ちも同時にあった。こうなってしまった以上は家でずっと待機していてもらっているけど。

 

 服無しでは生活することはできない。裸が許されるのは、ペットとして飼育されている犬かその辺のカラスかくらいのもんだろう。最近はオシャレな犬も増えて、彼らですら格好良い服を着て生活しているくらいだ。人間として生きている以上、やっぱり犬には負けていられないだろうし。着せているのが人間なのに、その人間が丸裸というのも何だか意味が分からないし。

 必ず毎度の生活に服がついてくる以上は、その人の生活の仕方が服に表れて当然だ。コーヒーの染みとか土で汚れたスニーカーのようなネガティブなものに限らず。例えばわかりやすいのは、ジーンズの色落ち。良くイスに座る人、デスクワークが多い人のジーンズには「ヒゲ」と呼ばれる色落ちが出てくる。毎回ポケットの同じ位置にスマートフォンを入れる人のジーンズは、スマートフォンの形に色が落ちてくる。お尻のポケットの財布も同じ。

 また、ジーンズだけでなく、レザーの製品も同様。使い込むうちに柔らかくなって、その人の身体に合った形に伸びたりシワが出来たりする。これらをひっくるめて「エイジング」と呼ぶ。服もまた、人間と同じように歳をとって成長していくのだ。

 その人の生き方・生活の仕方に対応して、服が変化していく。服が歳をとっていく。服が成長していく。服もまた人間と同じように、生きているのだと思う。こんなことを言えば『ちょっと上手いことを言おうとしているのだろう』と言われてしまいそうだが、心からそう思う。服は人。ファッションは生き方なのだ。