もう、どっちかにしてくれ。

 今日みたいに時々晴れてはちょっと暖かかったり、サイクリングロードにはさっきまでの季節を惜しむようにヒマワリの花がいくつか咲いていたり、大学に行けばまだハーフパンツを穿いている人がチラホラ居たりするもんだから、自分を無理に勢いづけようと言葉にした「秋が始まった」というのを撤回したくもなる。夏の名残のような。

 でも、長い間換気扇を回せばやっぱりクシャミが出るし、夜になれば事実として吐く息が白くなっていた。9月になったらダイエットをすると約束していた仲良しがズルズルとそれを延期しているのは、きっと「食欲の秋」のせいだろう。普段読まない小説をブックオフでテキトーにガサガサ探して購入したのも、多分「読書の秋」のせいだろうし、上手いことまとめようとはしたものの、「スポーツの秋」にピッタリフィットする事柄が浮かばない辺りから、ビールと怠惰のせいで膨らんでいる下っ腹にも納得がいくというか。何というか。

 こうやって、「暖かい」と「寒い」でフラフラ動かされている時の揺れ幅は、季節の揺れ方にぴったり対応する。暖かいのなら半袖を着ようか、でも寒かったら嫌だから上着の一枚でも羽織っておこうか。できることならさっぱりあっさり冷たいうどんでも食べたいところだけど、確かに涼しいと言われれば涼しいのかもしれないし、もしそうだとしたら風邪を引いてしまうかもしれないから暖かいうどんにしようか。ビールと日本酒熱燗もそう。

 

 夏のシンボルがまだ残ったまま季節だけが先に行ってしまうこの季節は中途半端だ。秋が好きだという友達は皆、もう少し先の秋を思い浮かべて言っているのだろうと思う。暖かかったり寒かったり、ゆらゆらフラフラしている今の時期を指して言っているのではない。もっと木々が赤くなったり黄色になったりして、道端にカラスが食べた後の栗が落ちていたりするあの時期を言っているのだ。美人のニットカーディガンやイケメンのレイヤードスタイルを見て、心の中で(目の保養…)とか言っていられるあの季節のことなのだ。どうせ。

 秋は秋だ。でも、まだ思うような秋ではない。雪駄も履いて良い。半袖も着て良い。これだ。これが今できる最大にして最強の言い訳だ。「言い訳だ」と言い切ってしまうようなところに、二重の自分が見えてしまうけど、別に関係無い。そうだ。夏寄りの秋だ。中途半端な、夏寄りの秋。そういうことだ。ヒマワリが咲いていてくれて本当に良かった。 

 

 でもやっぱさみーね。どっちにしても秋だね。