言葉に「間違い」なんて無いんじゃないか。あるか。

今週のお題「思い出の先生」

 

 小学校の頃の国語の先生を、僕はいつまでも忘れることができない。彼に対する怒りや恐怖といったネガティブな意味合いではなく、それでいて強い好意のようなポジティブなものでもなく。なのに深く心に残ってしまった彼。彼の印象を僕の中に刻んだ一つのエピソードがある。

 

 作文の授業だった。情景を見て、それを言葉でどう表現するかというもの。舞台はもちろん教室で、ドアを開けて教室に入ってくる先生、また、それを取り巻く風景の変容や何かしらの動きを作文用紙の上に言葉で表す課題。「先生がガラッとドアを開けて、教壇の上にドンと手を置いた」のような。「僕たちは静かになりました」のような。

 そこで僕は、その「僕たちは静かになりました」というのを「雰囲気が違くなりました」と書いたのだった。「違くなる」という話し言葉を使って、教室のざわざわした音が一瞬で消えたのを表現した。普段から使っている言葉であるからこそ、全くの疑いも無く、消しゴムを一切減らすこと無く作文に書いた。

 先生は教室を気だるそうに回って、生徒の机の上から原稿用紙をおもむろに拾ったりして、『おお、これはいいねえ』とか言ってヒゲを撫でたりしていた。彼が僕にどんどん近づいてきて、コーヒーとタバコの匂いが混じった変なニオイが一番強くなった時、僕の原稿用紙は目の前から消えて。見上げるとその先生が僕のヘタクソな日本語を目で追って、急に大きい声を出した。

「違くなる」って何だ!!!! 

 僕は、彼がいったい何を言っているんだかさっぱりわからなかった。いや、違くなったでしょ。と。彼は確かそれから黒板の前にドカドカ早足で歩いて行って、『違くなるなんて言葉はありません』とか言ってみんなの前で僕の間違いを指摘したんだっけ。

 今となって思えば、まあたしかに「違くなる」とは言わないよなぁとは理解できる。「変わった」でもいいし、「変化した」でも良かったんだろうとは考えられる。「ざわざわしていた教室の雰囲気が、急にピンと張り詰めた」みたいな格好良い言葉使いもあっただろうし。

 こうして書き出せば、文頭にて書いた「彼に対する怒りや恐怖といったネガティブな意味合いではなく」が嘘なんじゃないかと思えてしまうのだが、別にそれだけで彼のことを嫌いになったわけではない。長きにわたって(何だコイツ腹立つな)と思ったわけでは決してない。嫌いじゃない。

 

 僕が今こうして文章を書くことを愛していることは、きっと少なからず彼の影響があってのことなんじゃないかと思ったのだ。あの時、僕の原稿用紙に彼が触れなかったら。そもそも僕が「違くなった」という言葉を頭の中に保留して、「教室の雰囲気が変わった」と書き出していたら。きっと今でもたまに「違くなった」という言葉を文章にねじ込んでいただろうと思う。どこかしらでその間違いに気づくことはあっても、それまではきっと、何の疑いもなく使用しては誰かから影で呆れられていたんじゃないかと。

 今日のお昼あたり、僕はとても共感する文章に出会った。

ことばについて考える|古賀史健|note

 

 言葉について。幼いころの自分のあの言葉の間違いを正当化したい訳ではないが、「正しい日本語」なんていうものはもはや存在しないものなのだと思った。僕が好きな甲本ヒロトは言った。

 中学生が音楽がやりたくて教室のすみっこでホウキをギターにして弾くでしょ あれがロックの全部なんだよね もうあそこで完成してんだよ

 言葉も同じだ。使った時点で完成されていて、それから先をどうすることもどう是正したり改変したりすることもできない。「違くなった」と思った時点で、また、それを言葉にしてしまった時点で、違くなったのだ。変わったのではない。違くなったのだ。それ以外の選択肢は全て無いものとして。

 僕が今でもこう思い出せるあの国語の先生の言葉は、僕にとっての大きなインパクトだった。言葉には「間違い」があるのだと僕に気づかせてくれた。しかし、今こうして22歳になって、あの頃の指摘を踏まえしっかりと理解した上で、彼に反論しようと思う。「違くなった」のなら、違くなったのだ。意地を張りたいのではない。僕だって間違いくらい分かっている。ただ、思ったことを思った通りの言葉で表現することを今こうして楽しめるようになって、僕の中にもちょっとした考えや理念みたいなものが出来た。これは彼の指摘無くしては成形されなかったものだ。

 あの時僕の原稿用紙に目を留めてくれた先生、ありがとうございました。あの怒鳴り声をたまに思い出しながら、僕はこれからも自由に思った通りに言葉を並べていこうと思います。何の宣言なんだ、これ。なんかごめんなさい。反発の気持ちみたいに書きたくはなかったのだけど。だって10年以上も前の話だよ。はてなブログのお題を見て思い出しただけの話だよ。やっぱり僕の日本語はヘタクソだ。僕はダメな奴だ。