風を切る、とまではいかないが。

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 2年前に友達が譲ってくれたスケートボード。「仙台GRIP」というブランドのデッキテープが貼られていて、右足のそばにはいつも「仙」の文字。東北に行ったことは数えるほどしか無く、特にゆかりもないのだが。

 実はこのスケートボードを僕にくれた友達は青森県出身で、地元に帰った時だったか、地元に住んでいた時だったか、どちらか忘れてしまったけど、その時に購入したようだ。僕がゆるーいスケートファッションをするようになったのも、少しだけ彼の影響。大学生活に欠かせない大切な友達。たった4回で終わってしまったブログの企画、第3回目に出てもらった友達。

 

 僕は滑るのも大した上手くなく、トリックのようなものなんて一つとしてできないんだけど、ガラガラーと公園の敷地内を滑っているだけでなんだか気持ち良い。夏の暑い日に汗をかきながら、その汗が風のおかげでヒンヤリ乾いていって。だからと言って半袖を着るまでの勇気は無い。転んで赤い傷を増やすのが怖いから。至極ダサい考え。

 僕がケガをする前に、僕の大事なスニーカーにかすり傷が出来た。

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 スケートファッションを語る上で間違い無く出てくる「VANS」のOLD SKOOL。形から入りがちな僕にピッタリな、すごく格好良いスニーカー。アイテムの文脈である「スケート」に、このかすり傷が付くことによってまた一層性格がハッキリして。女の子とのデートにはちょっと履いて行けないけれど。

 もともとは「ノームコア」、「シンプルベーシック」のような、そんな文脈を気にして購入したこのスニーカーも、実際にスケートをすることによって、また、スケートで出来るかすり傷によって、元々の「スケート」という性格が浮き出てくる。何も浮き出てくるのは血や靴下だけではない。

 僕が尊敬する先輩が言っていた、

スニーカーやTシャツを、飾るだけで満足するのは物凄くもったいないと思うんだよ

  という言葉が、なぜかわからないけど頭に浮かんできた。「全くその通りだと思う」と言って、一緒に架空のそういう人をバカにした思い出と共に。

 泥まみれになって汚れた長靴は格好良い。それは働くおじさんのこれまでを表現しているからだ。ラーメン屋さんの店長の、額に光る汗を吸った黒い鉢巻は格好良い。それは彼の努力を惜しげもなく表しているから。ラーメンに汗が入るのはちょっとゴメンだけど。

 そこに何かひとつ、「文脈」が現れている物。それらは全て格好良くて面白いと思う。首にキスマークを付けた美人の女の人を見かけた時に少し興奮してしまうのは、昨日の彼女の夜を想像してしまうからだろう。だらしなくて格好悪いけどね。

 こんなクドい例たちを後ろ盾に、このスニーカーの傷を全面で肯定しているわけではない。このまま街に履いていく訳にはいかない。友達や女の子に呆れ顔で『何それ』と言われたくはない。

 

 ここで少しファッションの話をしてみる。「合わせ方」でその文脈を引き出してあげることについて。

 ひとつひとつのアイテムの性格や文脈を頭に置いて、それをどのようにして引き出してあげるか。例えば白いポケットTシャツを着るにしても、「ヒゲ」や「縦落ち」のような色落ちをしているジーンズに、くしゃっと経年変化したブーツを合わせればアメカジのスタイルに落としこむことができる。胸ポケットにジッポとタバコを入れるくらいにして。

 白いポケットTシャツでまだまだ言えば、黒いスキニーにヒールブーツを履けばそれはきっとモードの文脈で着ることができるだろうし、ハイビスカス柄のショーツにサンダルでサーフスタイルを作ることもできる。

 同じアイテムであっても、どのような合わせ方をするか考えてあげるだけで、それが持つ性格は無数に変わっていく。例に挙げた「白いポケットTシャツ」というのはたくさん顔を持ち過ぎているけれど。『そういう人になりたい』まで言ったらもう、どこまで話が広がって膨らむかわからないからやめておこう。

 

 今回の「かすり傷」のおかげで、僕のOLD SKOOLはノームコアの文脈をぶっ壊された。ぶっ壊されたと言うよりは、それよりも大きくて強い文脈に塗りつぶされたような。「スケート」というもう一つの文脈によって。

 今日はもう、この穴のせいでスケートの練習をやめた。オーリーで擦れる足の痛み。上手く出来ないからイライラしてやめた訳じゃない。そんな言い訳ではない。決してそんなのではない。つまらない言い訳に寄りかかって結局三日坊主、はそろそろこりごりだ。