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「ダサい」が悪口ではない時もある。

 

『日本語は難しい』という言葉をたまに聞きます。ひらがな。カタカナ。漢字。もうこの時点で×3。全国のワタナベさんには申し訳無いけれど、渡辺、渡邉、渡邊、渡部。もうわからない。綿鍋さんもいるのかな。もう大変だ。

 表記の話だけではない。言葉が含む「意味」においても日本語は難しい。『ヤバい』という言葉には幾通りもの意味が含まれている、というのは周知の事実だ。見た目が格好良い、笑いとして面白い、味が美味しい、というポジティブな意味合い。また一方で、見た目が凄まじく醜い、危機的状況の表現などのネガティブな意味合いも含まれている。たった3文字、『ヤバい』を聞いた時に、それがどの意味合いで発されているのかを判断しなくてはいけないから、日本語は難しいのだ。

 それらを逐一そのたびに判断しなければならない言語の種類を、「ハイコンテクスト」と呼ぶ。「コンテクスト」とは、「文脈」という意味。文の中に含まれる意味合いのこと。それがハイな訳だから、「ハイコンテクスト」とは、文脈の共有具合がとても高いレベル、大きい状態のこと。例えば、「時間に間に合わなかった…。ヤバい…。」の中の『ヤバい』はきっと危機的状況の意味だろう。間違いなく笑いとしての面白さではない。何を言ってるんだお前。急げよ。

 「この靴ヤバいね!欲しい!」の「ヤバい」は多分見た目の格好良さとして。醜いものを見て「欲しい!」と興奮する人は、どこを探しても居ないと思う。相当なモノ好きでなければそんなことを口にする訳は無い。古い言葉を使えば「B専」とでも言えるだろうか。

 

 それに似て、「ダサい」という言葉がある。文面上で見ればそれはきっとネガティブな言葉だろうと推測できるはずだ。ダサい服。ダサい人。ダサい建物。ダサい考え。ダサい。マイナス。ネガティブ。ダサい人にはなりたくない。

 しかし、それがポジティブに作用するシチュエーションもあるのだ。日本語は本当に難しい。

 個人個人のバックグラウンドが関係する事例ではあるものの、これもれっきとした「ハイコンテクスト」であると言える。それまで触れてきたモノやコト。それらが、人間の好みや考えに影響をもたらす。それは言い換えれば「文脈」という表現が可能だ。

 

 僕は中学生の頃に初めてTHE BLUE HEARTSを見て、真っ赤なジャケットに真っ赤なスキニーパンツ、真っ赤なナイキのスニーカーの全身真っ赤な甲本ヒロトを見て、ダサいと思った。何だこの人ダサいな、と思った。ただ、歌う内容がひたすら優しくて、あったかくて、大好きだった。

初めて付き合った女の子に『優しすぎるのが嫌だ』と言われフラれた時、甲本ヒロトは僕の両耳のすぐそばで『優しさだけじゃ人は愛せないから』と大声で叫んだ。その後すぐに『ガンバレ!』と言った。メジャーのアーティストが「頑張れ」って。何だよそれ。ダサいよ。やめてくれよ。もっと格好良い英単語を並べて、もっとスタイリッシュなファッションで、気取っててくれよ。頑張れなんて言うなよ。好きになってしまうよ。

 日本語は本当に難しくて、『「けど」の後に出した言葉が全て』というルールがある。『美味しいけどそんなに好きじゃない』は「好きじゃない」し、『格好良いけどタイプじゃない』と言ってくる女の子とはきっと付き合えない。諦めるのが得策だろう。

 僕にとっての甲本ヒロトは、ダサいけど格好良かった。マネをしてクローゼットの中から赤の上着と赤のパンツを取り出して着て、お母さんから『何してんのバカじゃないの』と言われたのは今でも鮮明に覚えている。未だにお母さんからその話をされて、帰省の度に頭を掻く。けど。けど。ダサいんだけど、格好良い。僕は甲本ヒロトになりたかった。

 

 ダサい「けど」格好良い。引いてはもしかすると、ダサい「から」格好良いのかもしれない。やはり日本語は難しい。

 

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