言葉はファッションだ。

 

 言葉はファッションだ。人となりが真っ直ぐに現れるのが、言葉とファッションだと思う。どんな言葉を、どんなタイミングとリズムで、どんな表情と一緒に口から発するのか。それらをヒントに、その人の性格みたいなものを推測する。不思議な人の言葉は不思議だし、怖い人が使う言葉は怖さを帯びる。真面目な人はきっと真面目な顔で真面目な言葉を使うだろう。

 服も同じだ。ジーンズにソースの染みを作っている人を見て、(ちゃんとした人だろう)と感じる人はいない。胸元に「SEX」と書かれたTシャツを着ている人を見て、(あの人はきっと物をハッキリ言えない人だ)と思う人はまずいないだろう。前者は多分だらしないし、後者は7割がたパンクスだ。これは偏見。

 

 言葉はファッションだ。好きなように着崩すのも良い。色々な雑誌が煽っているけれど、服の着こなしにルールなんていうのは存在しないと思う。好きなブランドの服を着る際に、一般のルールが邪魔をしてそれらを着られないなんて、そんなのは本当につまらないことだ。

 言葉も同じ。文法というのは柔らかいルールであって、本当に伝えたいことは形がどうであれ伝えたい。「ら抜き言葉」であれ、「やべえ」とか「マジで」とかであれ、最後に大切なのはいつも気持ち。

 誤字脱字というのもそうだ。誤字をひとつ見つけただけで、その文章には信ぴょう性が無いとか、もはや読むことすらをやめてしまう人がいる。何だそれ。そのくせファッションについては『抜け感が云々....』と言う。わざとなら良いのか、と勝手に納得したものの、なんだか腑に落ちない。

 

 言葉はファッションだ。そもそも、TPOに合わせるものとしてのファッションと、TPOに合わせるものとしての言葉。お葬式には黒のスーツを着て、「お悔やみ申しあげます」と言う。ビーチにダブルのライダースを全部閉めて着て行って、「あー!おでん食べたい!」と口にする人は確実にいない。僕の冗談はわかりにくいのが問題だ。

 面白いもので、クロマニヨンズ甲本ヒロトというのは、忌野清志郎のお葬式にダブルのライダースを着て出向いたような人間だ。弔辞の冒頭に『あなたとの思い出に、ろくなものはございません。』と言ってしまうような人間。僕は彼のそういうところが好きだ。このエピソードが好きだ。言葉とファッションの共通点を完全に突いてきた大きな例だったと思う。『TPOなんてクソ食らえだよ』とか言いそうな彼が、一番TPOを意識しているじゃないか。

 

 言葉はファッションだ。セレクトショップに行くような気分で小説を読んだら良い。マネキンの服をそっくりそのまま買うみたいに、著者の言葉をそっくりそのまま使ってみたら良い。もちろん着崩しても良い。同じではいけないと、自分が思うように直して声に出してみたら良い。言葉は自由で、ものすごく楽しい。ファッションも全く同じ。