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貰った物を、人にあげること。

 

 人から貰った物を、また違う人にあげるのが好きだ。これだけだと非常に性格の悪い人だと思われてしまいそうだから、くどくど説明する。

お母さんから譲り受けた聖林公司のTシャツも、一度しか会ったことのない友達から貰った本も、男前な友達から貰ったジャケットも。その全てが僕にとって大切なものであったが、他の人にあげてしまった。自分よりもフィットしそうな彼や彼女に出会い、何かのイベントにかこつけてプレゼント。

 「又貸し」のプレゼント版といえばわかりやすいだろうか。僕にくれた人と僕、すでに2人の中古なんだけど。『そんなのをプレゼントなんて呼ばないよ 最低だよ』と言われてしまえばそれまでなんだけど。人がせっかく僕のためにプレゼントしてくれた物なんだから。

 

ただ、プレゼントは気持ちが全てだと思うのだ。僕にプレゼントしようと街に出て、僕のことを5割以上想って探して、見つけ出してくれたヘンテコなTシャツ。僕に贈ってくれようと材料を買い、眠気に負けそうになりながら夜な夜な作ってくれる甘すぎるケーキ。デザインの良さ、味の良さなんていうものは、あればあるで嬉しいけれど、そんなものは無くたって良い。ダサくてもマズくても嬉しいものは嬉しいのだ。想ってくれていたという事実・気持ちこそがプレゼントなのだ。

 

 「物を受け取る」のは、もちろん実際に手にしたその瞬間。自分の物になったその瞬間から。

一方で、それに含まれている「気持ちを受け取る」という行為もある。作ってくれた人、買ってくれた人がどのような気持ちで、どんな自分を想像してプレゼントしてくれたのか、という気持ち。


人から服を貰って口から出る「うわー!嬉しい!」が、どちらの「受け取る」の表れなのか。マーガレットハウエルのTシャツがずっと欲しかった人。そのTシャツをプレゼントされ手にした瞬間、その時点で持つのは、「物を受け取る」の方の嬉しさなのだろう。

その時点ではまだ、一生懸命探してくれた彼の行動に対する嬉しさ、つまり「気持ちを受け取る」のそれではないのではないか。いや、きっとそれを同時にできる人も間違いなく居るし、そうなりたいとも思うが。

 

そういうことから、 「物」に対する嬉しさと、「気持ち」に対する嬉しさの間には、時差があると思う。それが、例えば自分が欲しいものではなかった時。5歳の頃にクリスマスプレゼントで貰った戦隊モノのベルト。廉価版や、違うヒーローの物だったあの苦い思い出。「イヤだー!違うー!」とダダをこね、両親は困った顔をし、しぶしぶデパートに連れて行ってくれた昔の思い出。(あ、サンタさんはいるけどね。デパートには見に行っただけ。サンタさんは絶対いるから。)

 

今こうしてあの時の自分や両親の顔を思い出して、気持ちを思い描いて、大人になった今の視点・思考で(一生懸命探してくれたんだろうなぁ)とか、(知らないのに頑張ってくれたんだなぁ)とかいうことを思える。これこそが「気持ちを受け取る」ための時差。親元を離れて少し経ったくらいに、その時やっと受け取れるかもしれないような「親の気持ち」だ。いや、「サンタさんの気持ち」だ。

 

 そういう気持ちを受け取れた時にやっと、「受け取る」という行為が終わるのだと思う。僕にとってのあのヒーローベルトは、10年以上も受け取れていない物だったんだなぁ。ポエムっぽいなぁ。やめよう。「あんまり用事も無いけど、遠くに住むお母さんに電話をしてみよう。サンタさんにも繋がるかなぁ。」まで言ったらもう100%ポエムだ。やめておこう。やめたことにならなさそうだ。

 

 そして、その「受け取る」という行為を終えられた物たち。それにまた僕からの気持ちを乗せて、誰かにプレゼントすること。あの日のヒーローベルトは捨ててしまったけれど。あまりに状態が悪くなってしまっていては、かえって迷惑だと思わせてしまうだろう。状態が良くて、まだ使えそうなものならプレゼントとして。

言葉は変だけど、「お焚き上げ」に似ていると思う。俺、死んでないけど。

 

神事的には、火の神の力で天界へ還すという意味があり、仏事的には思いが込められたもの、魂が宿るとされているものに、これまでの礼を尽くし、浄化によって、天界へ還す意味があります。(お焚き上げ)

http://me-mind.org/about.html

 

 物、それ自体と、それに内包されている気持ちを受け取って、その「物」は空っぽになってしまって。そこに、僕からの気持ちが入る。例えば(この人に着ていて欲しいな)とか、(この人に持っていて欲しいな)とかいう。そしてその気持ちが入った「物」を『天界へ還す』のではなく、あげてしまう、ということ。これこそが、僕がここまで言っていた人から貰った物を、違う人にあげるということ。

 気持ちが連鎖するというか、なんというか。無理矢理そういう文脈にくっ付ければ、「輪廻転生」のような。いや、「復活」の方か。命を吹き込むという感じで。肉体はそのままで。

輪廻転生 - Wikipedia

 

 なんだか難しい話になってしまった。収集がつかない雰囲気だ。とにかく僕は、人から貰った物を、また違う人にあげるのが好きだ。きっと古着が好きなのも、そういうことなんだろう。誰かが着ていた文脈を感じつつ、自分の捉え方でスタイルに落とし込むという。こうして無理矢理服にこじつけて、終わり。