斜に構えられるということは、正にも構えられるということだ。

https://instagram.com/p/1CbsNPTKG0/

『春だから白を着よう』という雑誌の中の言葉に少し感動し、ひねくれている僕はそれに反抗して真っ黒のコーチジャケットを買いました。持っていたスリムフィットの黒のパンツと、安く買えた黒のハイカットのスニーカー。できるかぎりの黒。皮肉にも陽の光はとても強くて、ハリ感のせいで光を反射しているコーチジャケットは黒というよりも白に見える。ずるいですよ。

 

https://instagram.com/p/1EvD12TKKw/

ズレ注意。#とび出し注意

常に少しだけひねくれた目線を持って生活すれば、周りのものが少しずつ面白くなります。何かに反応しようとしてしまう。まっすぐ置いた板にものを置けば、ものはそこにずっと留まったまま。斜めの板にものを置けば、ずるずるとズリ落ちて、あるべき場所とは違う位置に落ちていきます。当たり前だけど、これが面白い。斜めの板は、ひねくれた目線と同じ。まっすぐに置いた板は、普通の目線。

 

見方が変われば、同じものも違って見えます。違った反応を示せるようになります。大学の先生は僕にこう言いました。

「~学」という難しい言葉だけど、これは目線を増やすというだけなんだよ。言語学の目線で見れば、経済学の目線で見れば、法学の目線で見れば。こうやって、いろんな眼鏡を身に付けることなんです。 

 大学一年の夏、この言葉を聞いた僕はものすごくうなづいた。ああ、そういうことなのか、と腑に落ちたのを今でも思い出します。『とび出し注意』の貼り紙がズレていることを、言語学の目線で見た訳じゃない。経済学の目線でなんて見られない。学びを生活に直結させることは、心の中の反応の板を斜めに置くことだったのかもしれません。その板を30°に、60°に、いろんな角度に設置できることなのかもしれません。

 

斜に構える。僕は4歳くらいからずっと剣道をしていて。今回は「板」の言い換えをしたんだけど。結構面白いと思いません?