選ぶことは捨てることだ。

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叔父さんからデジカメを譲り受けてからというもの、1日が24時間では全然足りなくなってしまい、友達と2人で並んで歩いても、いつの間にか、彼や彼女が僕の前を歩くことが多くなりました。僕がいちいち写真を撮りたがるから。どこでも立ち止まってはニヤニヤとカメラの電源を入れるから。

 

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別にこんなの撮らなくてもいいんだけど。何を表現したいとか無いし。これはデジカメの画面を見ながら

30分を100円では売れないなぁ

 と思っていました。1時間200円。僕の焼き肉屋さんでのバイトの時給の4分の1。無理だ。何だこの考え。ぶっ飛び過ぎかよ。奇をてらってるわけじゃない。多分友達に言ったら『お前の考えは意味がわからない』なんて言われてしまうんだろう。自分でも意味がわからないよ。フィルターがデカすぎる。自分の器が大きいなんていう自画自賛をしたいのではなくて、転がってる情報を受け止めようとする気持ちと入れ物が大きすぎる。何でも吸っちゃう掃除機みたい。これはポエマーっぽいか。

 

選ぶことは捨てることだ

 こんな言葉をどっかで聞いたことがあります。何かをひとつ選べば、その他の選択肢を選ぶことは無くなって。今日一日着るTシャツを一枚選べば、その日はそれ以外のTシャツを着ることは大抵ありません。着衣泳みたいな特別な事情を抜かせば。

街に取り付けられた看板を見ている時は、それ以外の情報はシャットアウトされて、その看板に集中することになる。他の情報を捨ててる状態。もったいないからと言って欲張りに、他の全ての看板に目を向けていたら、気づけばきっと夕方になってしまうでしょう。看板を観察するためだけに街に出てきた訳じゃない。たぶんデジカメの充電だって切れてしまう。

1日、24時間の使い方もそうです。昼までダラダラ寝ていては、結果的に「寝ること」を選んだことになってしまって、それ以外のことを実行することはできません。寝ながらテレビゲームなんてできないんだから。昼ごはんをラーメンに決めたら、カレーは食べられない。よほど胃袋に自信が無い限りは。カレーセットってあるけどね。たまに。でもこれもさっきの看板の話と同じで、食べ終わる頃には満腹すぎて、吐き気すら催してしまうかもしれない。デジカメの充電が切れるみたいに、動けなくなってしまうかもしれない。

欲張りなのは面白いし、きっと人生はその方が楽しいですが、それらを実行できる限界というか、範囲は確実にあると思います。1日の「24時間」みたいに。『8時間寝よう』みたいに。スマートフォンの目覚まし時計をセットするみたいに。

やりたいことを全てやるには、それに見合った範囲を定めなくてはいけません。同時に、やることを選んで他のを一時的にでも捨てておかなくてはいけません。もったいないかもしれないけど、1日は誰にとっても24時間なんです。あの人は27時間あるとか、彼は21時間しか持っていないとか、そういうのは無いんです。そういうことなんです。

 

春休み中の大学生の僕は今日、13:00に起きました。