ユニクロとゲオを行ったり来たり。

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今日、スポンサーにユニクロ付いてるんじゃないかと思うほどのユニクロ感。#uniqro

僕はユニクロだと思っていたんだけど、お母さんから

完全にゲオの店員だよね

と言われて目を覚まされました。これはゲオの店員なのか。もう少し明るめのチノパンを穿けばなおさら。ちょっと恥ずかしかった。

これ、上も下もユニクロなんですよ。お父さんのクローゼットをごそごそ探していたら、サイズがちょうど良さそうなパンツを見つけて。シャツもいい感じに歳をとった雰囲気。太めのチノに合わせるために、身長が小さいお父さんのSサイズのシャツがバッチリだった。

上も下もユニクロだから「ユニクロの店員みたい」と言ったら、『ゲオの店員だよね』と言われ。そこで思ったのは、(ブランドなんて関係ないんだな)ということです。いや、言ってしまえばゲオのシャツなんて無いんだけどさ。

外側から見た、内側。服を脱ぐこと以外に、ブランドを知られることなんてほとんどありません。外側にブランドのロゴが入っていない限りは。無地のシャツやパンツならなおさらです。シルエットがどうとか、縫製がどうとか。結局ぱっと見じゃよくわからないんです。

こだわりだってそうだ。無地のアイテムだけを身につける人のこだわりなんて、一週間毎日その人を街で見つけない限りはわからない。一週間でもわからないかもしれない。こだわりは内側。文脈は文の中に隠れてしまいます。藍染だけを着る人のこだわりが、いつハッキリわかるか。その人が剣道3段だという背景なんて、どうやって知ることができるのか。

聞かなきゃわからない。こだわっている人は多分、話したいと思う。聞かなきゃわからないことだらけです。はっきり知りたい人がどこまでいるのか、という話だけど。

服は人を表します。服に人の中身が表れます。表現。表に現れる。表に現れるにも、限界がある。ロゴを使うのか、べらべら話してしまうのか。聞かれるのを待つのか、もしくは何も言わないのか。

「服は人を表す」と言う割には、すぐそばに限界がある感じ。僕はそれを壊せるメディアを作りたいです。聞きまくって話しまくってもらって人を知ること。STYLE from TOKYOなんてその通りですよ。アレはバッチリ文脈を大切にしたメディア。格好良いと思います。

他人が身につけている服のブランドやこだわりを、知る必要なんてないのかもしれない。別に自分のことだけをテキパキとやっていさえいれば何も問題は無い。でも、知った方が多分面白いよ。話されて、表現された方がきっと楽しいはずだ。と思います。だから、今日の僕の格好はゲオの店員じゃなくユニクロの店員です。頑として。何を必死になってるんだ、って話ですけどね。僕、焼肉屋のバイトですけどね。