「一番好きなブランド」が無い男。

 

 コムデギャルソンは好きだ。好きだけど、一番好きかと言われればそうでもない。『一番最初に出てくるということは…』なんていう意地悪な反応はやめてもらいたい。玄関に並ぶスニーカーはナイキばっかり。それでも、ドクターマーチンのブーツを履けばウキウキするし、雪駄にスラックスの合わせは最高だ。

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 一番好きなブランド。中学生の頃からファッションを追い続けてきた僕は、その時々で好きなブランドがちょくちょく変わった。サイズのデカい服こそが至高だと思っていた12歳の僕は、A BATHING APEが好きだった。高校に入って、サブカルチャーが好きな女の子を好きになって、Ne-netを好きになった。彼女とひどい別れ方をしてから、黒い服だけを着るようになり、古着のダイエットブッチャースリムスキンを着る。浪人の時代はもう訳が分からなくなって、ユニクロのTシャツをメッタメタにボロッボロに切り刻んで着たりもした。この頃から、「一番好きなブランド」の概念が徐々に消えていったんだと思う。

 今はと言えば、極力デザインの少ない服が好きだ。ブランドで選ぶことは一切無くなった。ちょっと前に「ノームコア」とか「シンプルベーシック」とかいうスタイルが流行して、そこに乗っかってみようと思ったが最後、いつのまにか僕のTシャツにはプリントが消えた。色もそれに準じて消えた。所有する服の数もどんどん減っていって、ヘインズのTシャツにコーヒーをこぼしては捨て新しく5枚パックを買って。それも、ヘインズじゃなくてもいい。ギルダンだろうがフルーツオブザルームだろうが、ユニクロだろうが関係無し。

 

 恋人は今、ファセッタズムに興味があると言う。友達はunusedばっかり見ていると言った。先輩はアンダーカバーを常に素敵に着こなす。僕はコムデギャルソンのポリ縮絨のスラックスばっか穿いてる。ナンバーナインのスキニーパンツもたまに穿いてる。浪人時代に買ったフェノメノンのスラックスは、いつまでも捨てられない。『こだわりが無いのがこだわりです』なんていうメタ的で奇をてらいまくった一言をぶちかましたい訳ではないが、もしかするとブランドに関してはそうなのかもしれないなぁ。

まるで2日目のカレーのようだ。

 

 今年の初夏は、東京のじめっとした暑さに耐え切れず地元へ帰った。もっともらしい理由をつけているが、実際は恋人に会いに行こうというふぬけた動機だけで。


 職場のみんなにお土産を買った。北海道といえば「白い恋人」で決まりだろうと思い、立派な缶に入った54枚入りを一つ。僕は大酒飲みであって、いや、中酒飲みくらいのもので、暇な休日の夜があればフラフラと居酒屋に行ってしまうような人間だから、常に財布には金が無い。だから、お土産としてたっくさんのお菓子やらキーホルダーやらを買って帰るような余裕は無かった。

 

 翌日職場に厳かな缶を抱えて行って、みなさんに手渡す。みんな『ありがとー』と言って受け取る。「どういたしまして~ 酒飲みすぎてお金が無かったから、少なくなっちゃったよ」なんて言って、それぞれに1枚ずつを配った。『もっと買ってこいよ~』と言う人もいたが、それでも喜んでくれたみたいで、一応良かった。

 

 その次の日。僕は何の気なしに仕事をしながら、朝に聴いた松任谷由実の「ひこうき雲」を頭の中でループしたりしていた。伸びた爪をちぎって遊んだり、30秒前に鳴らした指の関節がもう一回鳴らないかと指を不格好に曲げたり。とにかく暇を持て余した。さながら給料泥棒だ。

 そんなことを延々しているうちに、1人の女性が僕に走って寄ってきた。何だ何だ告白か、と思っていれば、彼女が口を開いてこう言った。

昨日はありがとう!美味しかったよ! 

 「お、おぉ… それは良かったです!」と口では言ったが、本当に心の底から嬉しかった。じわじわと効いてきて、ニヤニヤと口角の上昇を抑えきれなくなった。トイレに逃げ込んで、(めっちゃ良い…)と思いながら用もなく大便器に座っていた。この瞬間も給料は発生しているのだ、と思って立ち上がる。首をひねって、(いや、何だろ、すげえ嬉しい…)と思った。

 

 感謝の気持ちを表すこと。その瞬間に表れるのは当然のことで、もちろん物を貰えば瞬間は嬉しい。その嬉しさというか喜びというか、そういうのは一瞬の傾きであってそう長くは続かない。ましてやお菓子なんていうものなら当然だ。20秒あれば食べきれる。20秒間だけが嬉しい時間。

 それを、翌日にまで持ち込んで、感謝として発することができる彼女は素敵だ。昨日のことじゃん。別にその場で感謝すれば済むことじゃん。そこでパッと言ってしまえば。サクッと食べ終えて、包装を捨てて、終わり。それでいいじゃん。それで全部完了することなのに、わざわざ翌日になってまたも感謝を伝えてくる。本当に最高だと思う。

 

 大学の4年間は、焼肉屋でアルバイトをした。かなり意識の高い職場で、正直うんざりすることも多かった。『三浦!効率悪い!』と何度言われたことか。『5分前に来るの、何なの?みんな30分前には着いてるよ』と言われて訳がわからなかった。30分前の俺はまだシャワーを浴びながら鼻毛を切っていたよ、と。

 その職場で、口が酸っぱく耳にデカいタコが出来て治らないほど教えて頂いたことがあった。それは、『同僚や上司にご馳走してもらったら、次の日の出勤の朝、絶対に「昨日はありがとうございました」と言え』ということ。次の日が出勤でなければ、LINEでもいい。何でもいいから、とにかく「ありがとうございました」と言え、と。その瞬間は仕事が止まってもいいから、感謝は絶対に忘れないようにしろ、と教わった。

 

 人間なんて馬鹿なんだから、その時嬉しかったことなんか、日を追うごとに忘れてしまう。その日その日の事柄が頭を占めようと、昔の喜びとか嬉しさとかを追い出してしまう。全部を覚えて保てるほどクレバーには出来ていない。

 だから、最低覚えていられる一番小さい単位、「次の日の朝」には必ず伝えること。僕が尊敬する前のバイト先の店長の教え。それが、東京に来て実際に自分に降りかかってきた。俺は本当に嬉しかったんだよ。多分、俺にそれを言うために周りを見渡したんでしょ。『あ、いた!』ってなって、早く伝えたくて走ったんでしょ。暑いのに。最高だよ。

 それはまるっきり、2日目のカレーが旨いみたいなことで、もちろんその日のカレーも旨いんだけど、次の日の朝にトーストに乗っける旨味たっぷりのカレーって旨いんだよな。そういう感謝の伝え方もあるのだ、ということです。

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お世話になりました。

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 3ヶ月ぶりに地元へと帰省。6月18日から21日の4日間を14-20℃?の北海道で過ごした。新千歳空港に到着した瞬間、「サッポロクラシック」を買うためにコンビニへ走る。心優しい恋人が送ってくれるおかげで、東京でもたまーに飲むことができたが、やっぱり北海道で飲むのは気分が違う。掛け値無しに最高だ。こんなもん美味いに決まってる。

 

 本当に美味しいものを食べている時は、何も話すことができない。底抜けに長い沈黙に、フォークがカチカチと鳴る音だけが響く。これは、食事だけに限った話でもないということが分かった。iPhoneの画像フォルダを見てみれば、帰省の思い出らしい写真が一つとして無い。そういうものだと思った。本当に楽しい時には、写真を残すことすらも忘れてしまう。そんな余裕さえ無く、身体中で空間と時間を楽しんでいたのだと思った。

 2ヶ月ぶりに会った恋人はやっぱり綺麗だった。3ヶ月ぶりに会ったお父さんお母さん、弟におばあちゃん。みんな笑顔で素敵だった。ヒゲがよく似合う「納谷」という友達もやっぱり魅力的だった。本当ならもっと多くの人に会いたいところだったけれど、たった4日間にぎゅうぎゅうに詰めてしまっては、ほんの少し有り難みが少なくなってしまうような気がして。純粋に恋人と長く居たかった、というのは度外視してくれればいい。

 

 すごく楽しい時間でした。本当に。こんな奴に構ってくれて、みんなありがとう。また帰ったら遊んでね。東京にもおいでね。メシでも食おう。


井上順 お世話になりました

冬から春へ、そして夏。

今週のお題「2016上半期」

 

 最高でした。

好きな人にだけ会える生活。

 

 僕にはたくさんの好きな人がいる。お父さんもお母さんも弟も、おばあちゃんもおじいちゃんも、恋人も同居人の2人も、札幌にいる数々の友人も前のバイト先の店長も、職場の同期も上司も、ツイッターで出会った諸先輩方も友達も、全員好きだ。それぞれがそれぞれの良いところを持っていて、それぞれもれなく尊い。全員好き。

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 大好きな「はせさん(id:hase0831)」が僕に言ってくださった言葉を思い出す。

愛する人は愛されるんだね

 僕は愛だらけだ。出会った全ての人々を、本当に心から愛している。綺麗事みたいで嘘・空想・うぬぼれ・口からでまかせだと思われるかもしれないけど、これは本当なんだ。みんな好き。全員だ。嫌いな人なんか一人としていない。宗教っぽくてちょっと気持ち悪い感じも否定できないけど、本当なんだよ。

 全員好きだから、僕の生活は自然と「好きな人にだけ会える生活」になる。これは本来書きたかったこととは違うんだけど、まあこれでも良いや。どこで誰と会っても、好きな人。そもそも、好きな人しかいないんだし。

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 同居人の1人、カズノリ君。僕のクーラーの無い部屋を危惧してか、彼の自室の戸を開けて、引き戸の前に送風機を置いた。これのおかげで、彼の部屋のクーラーが送り出す冷風が僕のところにまで運ばれる。東京のベタベタした暑さを初体験し、馬鹿みたいにまんまと夜間熱中症になった僕を心配して。こういうのが良い。愛として。

 愛を持って生活すること。好きな人が、自分に対しても愛を向けてくれる。「人は自分の鏡だ」という言葉がある通りに、自分が愛を注げば相手も愛を注いでくれる。期待しすぎるのはあまり良いことではなく、「人生はギブアンドテイク」とか「損得勘定」に過剰にもたれかかるのはよろしくないが、往々にして人生や生活というのはそういうものだ。コーヒーをご馳走すれば、ビールが返ってくる。タバコを1本あげれば、そっくりそのまま1本返ってくる。片想いはきっと、いずれ両想いになるものだ。

 そうして僕は、愛だけを振りまいている。昔から相も変わらずヘラヘラしている。気づけば自分周辺の人間がみんなニコニコするようになっていた。ふと見渡せば、好きな人ばかりになった。生活は楽しい。僕の周りは好きな人だらけ。

他人はどうでも良い。

 

 自分以外の人間は、全員どうでも良い。服装に関しては、特に。真っ黒い格好だろうが、真っ白だろうが、何だって良い。いっそ、真っ黄色でも良い。赤青黄色を全身に散らばせていても良い。どうでも良い。

 

 察しの良い読者ならきっと気づくだろうが、僕は自分の身の回りをまるっきり肯定しがちな人間だ。ポジティブな人間。「どうでもいい」ではなく「どうでも良い」としたことは、それ。何でも良い。どうでも良い。そうなってしまった以上、また、自分ではない他人である以上、否定する訳にはいかない。「それはそれとして」をマルチツールとして、すべてを包括するように「良い」と言うこと。なんなら、評価することでさえおせっかいみたいなもんだけど。

 

 とにかく今日は否定する人間が多すぎる。『アイツはああだから嫌』『なんであんなことするんだろうな』の声がそこかしこで耳に入る。『パンクじゃない』とか『ロックじゃない』とか、本当にうるさい。メタ的でしつこいけど、それもそれとして良いのかもしれない。訳が分からなくなってきた。

 

 全部を「良い物」として見る視点を持つこと。犯罪とかは違うけど。「良い」というフィルターをあらかじめ用意して、それを通して何事をも見てみること。肯定的なバカ舌を演じてみること。

 「良い」と思おうとして何かに触れれば、仮にたとえミジンコくらい小さくとも、その「何か」の良いところが見えてくる。炊飯器に着いた指紋の数々が、生活感を表す記号みたいに見えてくる。ブサイクの女の子の鼻の形がとても美しく見えてくる。肩で風を切って歩く中学生にパンクの初期衝動を思える。きったねえ居酒屋のうっすいハムカツを楽しむことができる。

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 これは、不感症になればいいということじゃない。全部を「良い」として、いつか見たドラマの中の、「完了」だか「了」だか忘れたけど、その印鑑を書類も見ずにポンポン押していく社長になればいい、ということではない。

 「良い」と思おうとして思うこと。「いい」で全部を諦めることではなく。作為的に自分を催眠すること。そうすることで、これまでに無かった新たなことに気づける。視点がどんどん増えていく。そうしているうちに、今までは一辺倒に嫌い嫌いだったものが、どんどん良く見えてくる。気づいた時には自分の周りが全て「良いもの」になって、良いものだらけの天国だ。

 バカ舌は幸せ者だ、とよく言う。まったくその通りだと思う。『面白いから笑うんじゃなくて、笑うから面白いんです』と言ったアイドル、綺麗事っぽいけど、俺もそうだと思う。 全部どうでも良いと思う。何でも良いよ。

深夜は味を加速する。

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 真夜中の焼きそばが美味い。読んで字のごとく、まさに味をしめてしまえば、きっと僕は近い将来90kgくらいの男になるはずだ。未来のことが見えなくて、「ノーフューチャー!アナーキズム!」とか言ってる間にスキニーパンツすら穿けなくなっちゃうな。

 

 夜中に食べるジャンク的食べ物は、どうして美味いのか。深夜2:00のダブルチーズバーガーとコーラは何故あんなにも美味いのか。きっとこれは、論理で何とかなるような事柄じゃない。「非日常」がどうだ、「背徳感」がどうだ、の話じゃない。なんか分かんないけど、とりあえず美味い。深夜の焼きそばが美味い。

 隣にレモンサワーがあれば完璧だった。ごま油とソースにまみれたゴテゴテの麺に、マヨネーズなんていう油まみれの物をどっちゃり掛けている訳だから、そこにさっぱりとした酒があればなお最高だった。ライムサワーではない。雑に作った酸っぱいレモンサワー。甘みは一切無く、単純に酸っぱいだけの。

 

 最近仲良くしてくださる29歳の友達が僕に言った。『お腹出てきた?』と。最近はと言えば、ビッグシルエットの流行に甘んじる形で体型を隠し通せてきたが、あの日着たTシャツがトレンドと逆を走っていたのが悪かった。身幅は細め。裾丈は若干長め。フィルメランジェ。

 お腹が出てきたようだ。朝飯を食べない僕なのに、朝からそれを言われてしまうが最後、何も言い返せない。「朝飯食い過ぎたんすよ〜」が言えない。「胃下垂なんすよね〜」も言えない。

 ちっちゃい嘘を並べてしまいがちな僕は、「姿勢が悪いんす」とニヤけ面で言った。加減しておへそを突き出す体勢を、1日中続けた。それは15:00にあっさりバレた。「やっぱり腹出てんのかなあ」と言うと、『出てるよ クソだらしないよ』と笑われる。悔しいからランニングでもしようかな、と言おうと思ったが、有言不実行をけなされるだけに終わるのは見えていて、心のうちにとどめた。全く掴めない「頑張ります」とだけ一言残した。

 

 ちょっと、いい加減にしなきゃ。「食いたくもねえ健康食品食って細々長生きするくらいなら、食いたい物食って太く短く生きたほうが幸せだろ」と言ったパンクス臭い大学生の頃の僕をぶっ飛ばしたい。

 「いや、全くその通りなんだけど、食いたい物を食いまくって人生を太く短く終わる前にお前の腹が太くなってんだよいい加減にしろ」と言いたい。ネガティブな意味でのノーフューチャーにはなりたくないので、今日から夜食を止めようと思います。でも美味いんだよなー。深夜のジャンクフード。